2017/08/31

親子2世代に聞いてみた!40年続く士業事務所はどんな事務所なの!?

<第1回>40年続く士業事務所のスタートとは?

<第1回>40年続く士業事務所のスタートとは?

プロフィール

秋本経営会計事務所 所長 秋本 準一


税理士・経営士・AFP
1942年1月16日生まれ
神奈川県横浜市出身
日本大学商学部卒業
1977年に神奈川県横浜市に事務所を開業する。
累計で800社を超える企業を支え、40年近いお付き合いになる企業も15社程ある。
企業税務だけでなく、事業承継・相続、また近年は経営革新等支援機関として企業の経営改善、事業再生の支援にも携わる。
40年を超える経験を活かして、有効な税務調査対応、的確なアドバイスをお客様へ提供している。

秋本経営会計事務所 副所長 秋本 浩良


公認会計士・税理士
1976年3月4日生まれ
東京都葛飾区生まれ、神奈川県横浜市育ち
早稲田大学本庄高等学院卒業
早稲田大学教育学部卒業
早稲田大学大学院商学研究科修了(商学修士)
公認会計士試験合格後、大企業を相手にする監査法人には入らず、中小・ベンチャー企業に特化したコンサルティング会社へ入社する。
破たんした中小企業から、IPOを目指すベンチャー企業まで、様々な中小・ベンチャー企業のサポートをする。
その後、経営に興味を持ち、数社のITベンチャーの取締役に就任するなど、会社内部から成長を支援し、さらには自ら製菓材料をインターネット販売する会社を立ち上げる。
その中で中小・ベンチャー企業で一番大事であり、大きな問題となっていることは資金であると感じ、アセットマネジメント会社に転職し、ストラクチャードファイナンス業務を行う。リテール延滞債権投資、不動産投資、海外投資(シンガポール、ミャンマー)を経験。
現在は、スタートアップの会社や後継者問題のある会社など、中小・ベンチャー企業に対して、社内の小さな問題からファイナンス・事業承継問題に至るまで、今までの幅広い経験を活かし、広い視点から的確なアドバイスを送っている。

秋本経営会計事務所 (http://akimotokaikei.com/office

対談スタート

酒屋の家業を継ぐために経理の勉強をスタート


【ミカタ編集部】
それではインタビューを始めさせていただきます。よろしくお願いします。まず簡単に自己紹介をしていただいてもよいでしょうか。

【所長】
所長をしております秋本と申します。開業は古くて、昭和52年の6月ですので、ちょうど今年6月で40年ということで、開業自体は非常に長いです。ちょうど私が35の時に開業しました。私の父は、酒屋をやっていまして長男だったものですから、酒屋を継ぐのだとおやじから言われていました。そんな感じで、経理とか分からなくちゃいけないということになって高校は商業高校にいきました。ただ、終戦から二十年も経っていない状態でしたし、周りの環境も大学に行くという話は一切出ない地域でしたので、高校は行かせてもらえましたが、大学進学の話を親に話したらとんでもないという話になって大反対でした。高校3年の時に担任の先生に夏休みに説得に呼んで頼んだのですが、それでもだめで、最終的に母親だけが学費だけは出すからやりなさいということになり、商学部に入りました。
その時は税理士になろうとは思ってなかったのですが、家のためにというふうに考えていました。

そして就職先も家業のためにと思い入った会計士の先生の所だったのですが、とにかくめちゃくちゃ忙しかったです。今みたいにパソコンとかシステムとかがなくて昔はそろばんと電卓でした。電卓は3万円とかで簡単に買えない、給料もそんなによくない、そろばんでやっていました。帳簿も貸借は一致するようになっているのですが、今みたいにシステムで自動的に計算してくれるわけでなく、基本合わなかったです(笑)ですから、事務所がめちゃくちゃ忙しかったです。朝の3時位までやっていて、3、4時間位寝てまたやって、土日もない、月に一二度着替えを取りに帰る位で、とにかく最初の1年は忙しかったですことはよく覚えています。
今考えるとばかみたいなことをやっていたなと思います。

【ミカタ編集部】
その時は税理士、会計士という資格を取得しようと思っていたのですか?


【所長】
私は家の仕事の経理を覚えようと思って1年か2年かやればいいかなと思っていましたので最初は考えてもいませんでした。休みがなく忙しく、きついことが多くありましたが嫌いではなかったです。激務をこなしていたら、事務所の先生が1年位で亡くなるという事態が発生しました。

事務所を解散させようという話もあったのですが、なんとかみんなで力を合わせて存続させようということになりました。直接指導をしていただいていた先生がいなくなったため、私も含めて税法とか全く勉強していない分からない者同士協力し合って、前の年の人のデータを見ながら何とか業務をこなしていきました。その時にもしかしたら、この仕事が好きなのかなーと思いましたね。
その後、仲間の努力のもと事務所は存続し、税理士という新しい目標を目指すことになりました。その事務所で仕事をしながらだったので、資格取得に10年近くかかりましたが。

【ミカタ編集部】
ちなみに資格を取られてご実家の酒屋はどうされたのですか?


【所長】
中途半端ですが一部手伝っていました。また資格をとってからは税理士として完全独立するということでしたが、それ以降も父が廃業するまで少し手伝う形でした。35歳で開業して5年くらいはとても資格では食べられないという状態でしたので。事務所としては、5年位は自宅で、酒屋の倉庫の2階でやっていました。最初は近所の会社などの顧問になり、税務だけでなく、営業マンと一緒に営業先についていったりして、これは後々によい経験になったと思います。

コンサルティング会社から父の事務所へ


【ミカタ編集部】
それでは次に副所長様に簡単に自己紹介をいただいてもよろしいでしょうか。


【副所長】
秋本浩良(アキモトヒロヨシ)です。平成15年に公認会計士の二次試験に合格をして、その頃から大手企業より中小企業やベンチャーに興味があったので、監査法人には入らずに監査法人系のコンサルティング会社に入りました。そこでIPOコンサルとか要注意先、管理先に分類された会社の銀行対応など再生に近い仕事をしていました。その後もう少し踏み込んでベンチャーに携わろうと思いベンチャー企業に入りましたが、なかなか難しいなと感じました。

なぜかといいますと、やはり業績は上げる点ですね。大きな夢を語ったり、ベンチャーキャピタルから出資をしてもらったり、外面はよいのですが、中に入ると事業モデル自体が定まっていなく、売上や利益を増やそうとするのはすごく難しくて、「うーん」と思いながら悪戦苦闘の日々でした。全く手元資金がなく、従業員の給料日当日に銀行から融資を取り付けて、当日給料を振り込むなんてこともありました。そういうお金の苦労もあって、中小・ベンチャー企業に一番重要なファイナンスの事を勉強しようと思い、その後投資やアセットマネジメントの会社に入って、海外の投資などの勉強をしました。それがひと段落したので去年父の事務所に入りました。

【ミカタ編集部】
今はどのようなお仕事をされているのでしょうか。


【副所長】
今は営業に力を入れています。なんとかお客を増やしていこうと考えています。40年やってきたのでクライアントも数十年やっている企業です。そのような企業は事業承継も難しく社長も年齢的に辞めてしまおうと思う企業が増えています。そうするとクライアントも減ってしまいますので、そのためにも新規の営業に力を入れるのと、既存クライアントのサポートをしています。企業の新陳代謝は仕方がないことですが、これからはクライアントに単純な税務会計サービスを提供するだけでなく、永続的に成長していくサポートをしていきたいと考えています。

【ミカタ編集部】
それでは所長様に創業期はそろばんでやられていたということでしたので全部大変だったとは思うのですが、どの点が一番大変でしたでしょうか。


【所長】
創業期は、お客さんが全然いなかったし、(以前の事務所からは)一緒にやってくれと要望されていたのですが、先生の息子がやっていたのもあり、弟のようなものだったのでやりにくいと思いましたのでお断りしました。ですので大変だったのは開業当初のゼロで飛び出した時ですね。

前の先生には独立する時には、「こうやってしろ」など言われていたのですが、私はそれを自分の勝手でやるのだからと言って聞く耳も持ちませんでした。

【ミカタ編集部】
それでは、最初0からスタートしてお客様を見つけてきて、顧問になるというのはどのようにされていたのでしょうか。


【所長】
学校の先輩などに自分でやるということや資格を取ったということを分かっている人たちが声をかけてくれました。最初はやることがないので時間だけがありました。そんな風にちょこちょこやっているうちに徐々に売上も安定してきました。積極的に営業をしていた訳ではありませんでしたが。今よりは遥かに環境的にとても恵まれていました。

どのような点かと言いますと、やはりまだ会計事務所や税理士という認識がお客様の頭には入っているわけではなく、割と自分で経理業務等をやっている企業が多かったのです。もちろんある程度の規模のあるところは違いますが。特に、バブルの昭和60年代とかの時代は一番企業がどんどん独立していったということはありました。そういう意味では時代に恵まれた部分もありました。

【ミカタ編集部】
そんなに苦労したということではなくて、最初の知り合いから入っていき自然に紹介などが生まれ徐々に増えていったということなのでしょうか。

【所長】そうですね。今でも手法があるでしょうが、大手のアパート等の地域の営業所がありますよね。そこでお客さんを集めて講師などを結構やりました。そこでどんどん紹介してくれる方が多かったのです。

【ミカタ編集部】
当時はお客様1社持つとして、今とは作業の工数などは全く違うと思います。何倍くらい工数がかかったというお話しや、顧問料などは金銭的価値も違うとは思いますが、(当時は)どのくらいだったのでしょうか。

【所長】かなり幅があったと思いますが、今よりも金額が相対的に高かったです。当時は税理士会で価格がある程度決まっていました。今は同業者の数も増え自由競争になっていますが、多少は影響が残っています。全く基準が分からないというよりは世間相場の中から価格が出てきますから、ある程度のところで報酬は決まってきてしまうとは思います。

見返りはそっくりということはありませんが、今よりは遥かに良かったのではないでしょうか。ただ一身専属権と言って医者や弁護士もそうですが、その方に対して資格というものがありますから、そういう面では自分の責任の範囲で本来出来ることが一番だと思います。中には拡大するというやり方を取る人もいましたが、(資格を)取った人の中では少数派だったと思います。人は使っていても自分の目の届く範囲でやっている方が大半でした。

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