2017/06/30

25年以上続く士業事務所になるための秘訣とは!?

<第1回>25年以上続く士業事務所の始まり

<第1回>25年以上続く士業事務所の始まり

20歳で行政書士資格試験合格


ミカタ編集部:はじめまして。士業のミカタ編集部でございます。改めまして本日はどうぞよろしくお願いします。

寺田氏:よろしくお願いします。

ミカタ編集部:ではさっそくですが、寺田先生の自己紹介から簡単にお願いします。

寺田氏:はい。行政書士・社会保険労務士 寺田総合事務所の主幹をしており、自称「歌って踊れる行政書士」です。笑   
あとは、facebookをご覧ください。
https://www.facebook.com/tsuyoshi.terada.9/about?lst=100002666263186%3A100002537134534%3A1496802352§ion=bio&pnref=about

ミカタ編集部:わかりました。笑
簡単にプロフィールは、見させていただいたのですが寺田さんは、いつ頃から士業という仕事を目指し始めたんでしょうか。

寺田氏:僕は、実は目指してなかったんですよ。もともとは小学校の時にそろばんが得意で暗算が大の得意で県大会でもぶっちぎりで優勝したこともありました。そしたら小学校のころからからなぜか商業高校から誘いがあったんです。要するに会計士とかにならないかって誘いがありまして。でも全く興味がありませんでした。
父が静岡で士業とは全く関係のない会社を経営してまして、当時80人くらいの社員がいました。当然そこの後継ぎをしないかという話もありました。ですがそれでは男じゃないと思い自分何かでなにかやってみたないという思いが強くありました。
だけど自分で何かやりたいと言っても漠然としていて、大学に行っても何をしたらよいかわかりませんでした。ただ強い気持ちだけがありました。だけどその時、たまたま大学の同級生が公認会計士を目指していて、彼に大学内の書店の資格パンフレットがならんでいるところに一緒に連れていかれて、「俺はこの会計士受けるからお前もなんか受けろ。とりあえず資格のパンフレットを目をつぶって引いたのをお前やれ。」と言われたのです。その時ちょうど引いたのが行政書士でした。
その時は「なんだこの資格!?」て思いましたよね。そういう話になるのは士業という業界を知らない僕にとっては当たり前のことでした。でも約束は約束だから大学卒業するまでに合格しようとおもいました。

ミカタ編集部:それがきっかけだったのですね!それは驚きです。

寺田氏:だからなにかあったわけでもなくたまたまがきっかけでした。だから全くこうしたいや、ああしたいというのはなく、パンフレットを引いたのがきっかけだったのです。それが確か、昭和63年の初めころ、だから20歳くらいだったかと思います。

ミカタ編集部:そんなお若い時にですか!今でさえも20歳の士業さんは、少ないのに本当に素晴らしいですね。

寺田氏:でもその試験は、一夜漬けでやったような話だったんです!おもしろいのが10月の試験の前日に合コンをちょうどやってました。笑 合コンを井の頭公園でやって、男の子も女の子もみんなでわーわーやってまして、そのまま朝の電車でみんなに送ってもらいました。「がんばってねー」って感じで。笑 
だからふらふらになりながら会場に向かっていきました。。
それは、今でも衝撃すぎて、すごく鮮明に覚えてます。だから全然受かったと思ってもいませんでした。発表が翌年1月だったかとおもうのですがちょうど成人式から帰ってきた時でした。書留郵便だかの不在連絡票が入ってたので、「なんだこれ?」っと思いながら宛名を見たら差出人が内閣官房なんとかって書いてあるじゃないですか。それが全然意味がわかりませんでした。とりあえず郵便局に取りに行って、間違いじゃないのって思いながらピッとあけたんです。そしたらなかには「合格」という文字がかかれていたのですがピッとあけたので「合格」という字も一緒に破れてしまいました。笑
今でも合格通知書は後ろにセロハンテープが貼ってあるんですよね。

ミカタ編集部:それは、良い思い出になりますね。やはり勉強は大変でしたよね?

寺田氏:いやそれがね、僕はそれほど根気もなかったんですが、基本直前1か月間だはそれこそ外界と関係を断ちましたが、そこまで大変なプレッシャーも感じず試験も思い出に残ればという気持ちで受けました。でもそれが受かり、親にも「お前頑張ったね」みたいな話になりました。そこで考えたのが、なんとかこの資格を使って一発やってやろうかと思ったんです。何の仕事かわからないですけどね。笑

ミカタ編集部:そうだったんですね。お父様のお仕事を見て独立したいなと思ったのかと思いました。

寺田氏:親父は自動車関係だから、全然無関係の全く違う業界だったんですよね。ただ、経営者としての帝王学は昔から自然と教わってきたような気がします。

日本一の事務所へ


ミカタ編集部:全然違いますね。受かったあとの大学卒業後はどうされたんですか?

寺田氏:これがまたおもしろくて、大学卒業の時に僕あまり学校行ってなかったのですが成績は良かったみたいで、大手証券会社や大手銀行からオファーが来たのです。一般的にはなかなかありえないことですし。そういうとこからオファーがきたのですが、自分の中で「えー!」って思い全部断ってしまったのです。そしたら就職課の先生に「なんでお前はそんなバカなことするんだ」とズタボロに言わました。ですが「俺はこれで飯食うから」って言い張り、士業の道に行こうと決心しました。
そこで当時の分厚い電話帳みたいなリクルートブックがあったのですが、士業事務所はほとんど載ってませんでした。本当にたまに、会計事務所が載るか載らないかってくらいでした。そしたら当時たまたま新宿にある司法書士事務所兼行政書士事務所がバーンと求人を出しててこれだと思って応募しました。当時100人くらい応募が来て、10人採用で10分の1の確率でした。とりあえずわーとしゃべったらお前おもしろいから来いって話になり一発OKだったのです。そのまま行政書士の仕事やろうーて思ったのですが、司法書士の仕事は空前のバブルの頃だから大量に仕事があり皆司法書士の業務にまわされました。行政書士の仕事は全然できませんでした。結果的にそれが司法書士の業務を完全に覚えるきっかけにもちろんなりましたが。 

その時は若気の至りで「ふざけんなよ!おれは行政の仕事でやりたいのに」っておもっていましたね。しかも残業とかも月に200時間以上普通にやってたから、みんなカプセルホテル泊まりでした。働いてから8カ月くらいして自分で「これじゃだめだな。体もつぶれちゃう」って思い、だったらどうせつぶれるなら自分のやりたいことをやってつぶれたほうがいいかなっておもって辞めようと思いました。12月の暮れのことでした。
たまたま働いていた高層ビルの前にまた大きなタワーがあり、当時日本で一番でかい行政書士事務所がありました。そこにの存在を知り、働きたいなと思いました。働いていた事務所には辞表を出し、その日にその日本一の事務所に顔を出しに行こうと思いました。そしたらたまたま社長がいて、いきなり来るおもしろいやつ来たからって会ってくれたのです。

ミカタ編集部:飛び込みで行かれたんですか?

寺田氏:そうですよ!いわゆる゙突撃゛です。「すいません。ちょっと社長いませんか?」ってアポなしで行きました。社員の方々が「誰だお前!」ってなってましたけど、そうなるのは当然でしたね。そしたら社長がいてたまたま社長が会ってくれて、たまたま社長と話して、たまたま社長がおもしろいって言ってくれて。たまたまの連続で。そしたら年明けからすぐ来いって言われ採用されました。
その時、中途採用面接やってたみたいですが、一次とか二次とか重役面接あって試験とかやるらしいのですが僕だけ全部なしでした。「寺田君、よし1月から来い」って言われるがままに。それでそのまま日本一の事務所に就職しました。
ああこれでやっと行政書士の仕事できるなーって思いました。以前は司法書士の業務で全く行政書士ができなかったので建設業だろうがなんだろうが行政書士の仕事がしたいんだーって常々おもっていました。その事務所は、100人近くいる事務所で、営業部門・業務部門・申請部門・管理部門ってみんな分かれていました。大体は皆、業務部門から入って手ほどきをされるんだけど、なぜか僕だけ営業部門に回され、しかも既存顧客周りかと思ったら新規開拓でした。
  
新規開拓はテレアポだったのですが、「建設業許可やりますか?」って名簿見てかけまくっていました。それはもちろん、みんな断られるのが普通ですよね。そこの事務所には新規開拓のカリスマの課長がいて、「寺田、今から見本をみせるから横で見てなさい」と。で、案の定断られるわけです(笑)。そしたら課長が「寺田、分かったな。こんな感じでやれ」だって(笑)。
なにせ、当時の僕は建設業の「け」の字も知らないし、何もわからないのですから。何を言っていいのかもわからないし、だけど、やれって言われて。だからカリスマ課長の真似してどうのこうのって、全くわからないから、でもなめられたくなかったので、自分流で開き直って電話口のお客さんに「すいません、営業一回目の電話をお客様にすることになっためぐり合わせをどうぞ許してください~~」って言ったら、なぜか電話口のお客様がどうしたどうしたってなり、30分以上の長電話の末、1件成約が決まっちゃったんです。それで寺田おもしろいなあってすごい周りから言われたのです。

ミカタ編集部:それはすごいですね!!!

寺田氏:そしたら社長がびっくりしちゃって そいつはおもしろいなーって言っていました。 ここからずっと営業で、カリスマ課長と僕でトップ争いするようになって、3~4か月目には完全トップになって以後ずっとやめるまでずっと営業トップだったんです。
ただ、営業だから業務とかまったく知らないんですよ。営業の競争ばかりじゃモチベーション保てないから勘弁してよって、社長に言うと「新規事業部門を作ってお前座長になってやっていいよ」って言われました。だけど一番金稼げるのは営業部門なんで結局またそっちの比重ばかりになってしまいました。
しょうがないなーって思いそろそろ自分でやろうかなーっておもったのです。独立のことを言っていたら社内で僕の新派がいて、「お前がやるなら俺もやりたい」って 「寺田さんについていきたい」って言って それが結局7人もいたんです。
資格はないが当時の事務所のナンバー2の常務が、「俺も行く」って言い常務まで引き連れて行きました。それで独立したというのが始まりです。
日本一の事務所に入って1年半くらいでした。
この業界では日本一なわけですから、超有名な出来事で、あそこは7人いっぺんにやめちゃってクーデター起きちゃったって噂になったぐらいでした。

次につづく、、、、、

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