2016/09/09

行政書士:小島健太郎

時流をつかみ韓国語教室をオープン! 異色の行政書士小島氏が活躍し続ける理由

時流をつかみ韓国語教室をオープン! 異色の行政書士小島氏が活躍し続ける理由

まずは、簡単に自己紹介をお願いします。

大学生のとき、将来のことを考えて、資格を取ろうと思いました。いくつか調べていると、中小企業診断士と社会保険労務士のいずれかが良さそうだと思い、社労士の勉強をはじめました。大学3年生くらいの頃だったと思います。

それで、そのまま大学を卒業してしまって。8月に試験があったので、資格受験生ということで、代々木の社労士事務所に入社しました。1年ほどでしょうか。でも、ちょっと違うかな、と。あまり興味がもてなかった。

その後は、もともと英文科だったこともあり、外国に興味があったので、タイやオーストラリアを3か月ほどウロウロしていて。金が尽きて日本に戻ってきてからは、海外で仕事をしたいと思うようになり、日本語教師をめざしました。

それからは、日本語教師の資格をとってから、中国の上海に行きました。現地の日本語学校に就職して1年ほど居たと思います。そこでは、先生も生徒も泊まり込みで。学校の上が宿舎でしたね。朝から晩まで授業をし、週末しか家に帰れないような感じです。

ただ、中国に1年いて感じたのは、空気が汚くて肺がんになりそうだ、ということ。帰ったほうがいいと思い、25歳のときに帰国しました。

帰国後は、もともと起業したいという思いもありましたし、上海では中国人で同じくらいの年齢の人たちが起業していたので、「まあ、なんとかなるか」といった感じで起業を決意。帰国後だったので職もなかったですしね。

考えたのは、日本語学校をやるか、他の外国語学校をやるか、それともマッサージ店を開くか。整体も上海にいるときに学んでいたので。結果的に、当時の韓流ブームに乗って韓国語教室を開くことにしました。

最初はカフェで授業をする形式にしていたのですが、それがわりとうまくいって。月100万円ぐらいの売上げになりました。ただ、参入が容易だったこともあり、競合他社が増えてきて、やがて売上げが低迷してしまいました。

それで他のビジネス立ち上げようと思ったとき、外国人のビザに関する手伝いをしようと思い、行政書士をやろうと決意したのです。2年ほど勉強して資格をとり、行政書士事務所をスタートさせました。個人事務所を設立したのは2009年です。

・会社経営の経験は士業にも生かせる


現在では、事務所もかなり大きくなっていますね。成功の秘訣はありますか?

ただビザをやるだけではなく、年金や税金、会社まわりのことまで対応できたからだと思います。社労士の勉強をしていたり、スクール経営で経営・マーケティングの知識もあったりしましたので。税金や経理、会社がどうやって動くかということも知っていました。

実務経験があったために、社会保険の部分や雇用などをスムーズに実行できたのは大きかったと思います。手続きについては、実務講座を受けたり、専門書を読んだりもしていました。

あとは、専門書を読み込んだ内容をホームページに落とし込んで、集客に役立てていましたね。行政書士業務のすべての工程と、それに対する価格設定、サービス内容など、Webに記事を書きためていくことによって、受注もできるし説明もできる。まさにWebマーケティングの手法をそのまま実行していた感じです。


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